よもぎ美人

よもぎ美人vol.2 長田悠里 「まず動いてみる」

 

 

 

 

 

 

今日のよもぎ美人は、長田悠里さん。

 

日本人離れしたエキゾチックなクールビューティ。

その外見からは想像がつかない行動力。

 

やってみる・参加してみる・行ってみる。圧倒的なバイタリティ。

彼女の行動力の源泉は何か?

 

その背景に迫ってみた。

 

生まれ

兵庫県神戸市生まれ。妹も含めて4人家族。

3歳から父の仕事の都合で台湾に。

 

台湾での幼少期

台湾の日本人クラスの幼稚園へ。

身体が弱かった妹にかまう母に振り向いて欲しかったため、常に良い子ちゃんだった。

面倒見が良く、ままごと大好き。

幼稚園帰りにはピアノや踊り、陶芸もやっていた。

 

良い子だった小学生

台湾の日本人学校へ入学。

良い子でいるプレッシャーを幼いながらに感じていた。

 

8歳で神戸へ。

帰国子女が少ない地域で、最初はあまり馴染めなかったが、次第に気遣ってくれた男の子達とばかり遊ぶように。

学級委員長をやるようないい子ちゃんキャラ。

表現が好きで、小学校高学年で劇団を作り、少しづつ活発になった

 

 

全て頑張った中学生

いい子ちゃんキャラは継続。友達は少なかった。

勉強・吹奏楽部・生徒会、まじめに取り組んだ。

皆んなで1つの舞台やイベントを創り上げる事が好きだった。

何でも頑張りすぎたせいで、中学3年で拒食症に。

他の病気も見つかり、通院生活。

今思えばもっと楽しめばよかったけど、当時は義務感と責任感が強かった。

受験は点滴を打ちながら挑んだ。

頑張ってきた自分を、報わせたかった。

 

挫折を味わった高校生

制服が自由な校風の進学校に無事入学。

しかし、挫折を多く味わった。

拒食症の影響で疲れやすく、学校に通学するたけで疲れてしまった

吹奏楽部に一度入ったが、体がついていかない。部活は半年で辞めた。

長く続けたピアノも辞めた。

保健室登校が増えた。友達もいない。退学したいと頻繁に思った。

高校1年の夏、こっそり東京へ行き、タレント・女優のオーディションを受けたら、受かった。

しかし、母親に反対され、なかったことになった。

 

高校3年、環境を変えたい!という想いから受験を決めたが、前期試験は全て落ち、

3月末、通学に2時間かかる大阪の大学に受かった。

 

自発的に動いた大学生

大学入学式。最初は校風が合わないと思った。

2時間通学もしんどかった。

一人暮らしも親に反対されできなかった。

 

他大学のジャズサークルに行った。

そこは本当は行きたかった大学。

せめてサークルだけでも潜入したかった。

それで現実を知った。

どこの大学でも、やりたいことをやってる人はやっているし、やってない人はやってない。

大学の良し悪しではなく、自分次第と気づいた。

 

大学ではオーケストラをはじめた。

良い友達に恵まれ、自分の考え方が悪かったことに気づいた。

見方を変えれば、ものさしを変えれば、色んな頑張り方があることに気づいた。

地方出身で一人暮らしの友人の価値観は、自分にないものだった。

また、大学は大阪出身者が多く、裏表ない人が多かった。それも性に合った。

 

土日はバイト、平日は授業を詰めて、夕方はオーケストラの練習。

2年間これを繰り返して、「これで4年間終わるのか」と思った。

高校生みたいなことを今やってる。

大学生はもっと自由なイメージなのに、自分はこんなにマジメで良いのか。疑問を持ち始めた。

 

留学に行きたいと思った。日本と異なる文化に触れたかった。

自分でお金を貯めて、春休みにオーストラリア2ヶ月留学。オーケストラも休部。

 

たまたま大学の後輩からインカレの学生団体に誘われた。

大阪城ホールで夢のある学生を集めてプレゼンをしようとはじまった、イベントサークル。

そこから学生団体、ベンチャー企業の繋がりもでき始めた。

そちらが面白くて、オーケストラはフェイドアウト。

やっと普通の大学生っぽい生活がはじまった。

 

バイトもたくさんやった。飲食店、販売、キャンペーンガール。

一番長く続いたのはブライダル。

受付をやっていて「暗い」と言われて、普段から笑顔が少ないことに気づいた。

それから毎日笑顔の練習した。

お蔭で大学でも想いのほか友達ができた。笑顔の大切さを知った。

他人の助言も大切にしようと思った。

 

大学4年、就職を決意。

大学で変われたから、社会でも自分は変われると期待。150社受けた。

最初は、大好きだったブライダルに内定をもらった。

しかし、土日出勤で遊べる友達や、出会う人も限られてしまうのではないかと思い辞退。

就職活動で悩んでいたときに、友人の紹介で知り合った人の影響で、BtoBに興味を持ち始めた。

社会はBtoB事業で支えられている、安定していてお給料もいいことなど知った。

結局、物流業界にたどり着いた。

社会の根幹を支えていて、女性の活躍が求められていて、グローバル。

人事の対応が1番よかった企業に就職を決めた。

 

東京での社会人

初めての東京、初めての社会人、初めてのひとり暮らし。

あっという間にすぎた。

残業が多くやめたい時期もあったが、2年目からはコツを掴んだ。

プライベートで新しいことに挑戦したかった。

色んなダンス体験に行って、サルサが一番ピンときてはじめることに。

 

仕事×サルサ。

部活と勉強のように、ストイックにやった。

発表会前になるとサルサ1日7-8時間練習。

2年目になるともう満足。

これで国内外どこのサルサバーに行っても、踊れる。

 

サルサをやめたら仕事に目が行った。

それまでは、サルサのために集中してたから気づかなかったが、仕事が面白くなかった。

当時、経理は魅力的な仕事に思えなかった。社内で男女差別も感じた。

総合職で入ったのに何故と思った。

 

3年目から少しづつ転職活動をはじめたり、違う企業とディスカッションする機会に参画したり、視野を広げた。

何のためにこの仕事をしているか分からなくなった。

まずは同じ会社の人だけの寮を出て、住環境を変えた。

それだけでも刺激が大きかったから、しばらくは楽しかった。

でも1年経ってまた仕事に目が行き、「やっぱり仕事を変えたい」ということに気づいた。

 

副業に挑戦

実家で母親に「いつでも帰ってきていい」と言われたのが心の安定になった。

辞める前に、少しづつ輸出入ビジネスを個人でやってみた。

海外旅行も好きだったし、海外で買い付けもやってみたかったから、アメリカに行き、買い付けたこともあった。

目標売上を達成した時には、思ったより1人で行うしんどさを感じ、結局半年で辞めた。

 

退職、その後

もう仕事はやりきった。思い切って会社を辞めた。次は何も決めてない。

 

たまたま通関士の学校を知り、半年間通うことにした。しかし知れば知るほど、イメージと違った。

通関士の学校では、今まで出会ったことがないジャンルの人たちに出会えたのがよかった。

自分がいた貿易業界の再確認や、ビジネス英語などを幅広く学んだり色んな試験を受けたが、通関士試験は受けなかった。

 

実家の父親が倒れた。

実家に帰って、母と、父の病院に通った。

父が現役だったのに、急に話せなくなった。

父の会社へ出向き、お金関係の書類・契約書などの手続きをした。

 

自分も会社を辞めて、税金の負担が大きいことを知った。

今まで経理をしていたのに、関心がなかった「お金」に初めて興味を持ち始めた。

 

投資系の漫画や、税金の本を読み始め、その中で「きんゆう女子」に出会う。

ライター募集見て、記事を書くバイト。ついでに経費精算や、イベントスタッフをした。

 

ハワイ、チリ、アルゼンチン、ブラジル、NZ、タイ、、、

海外でパワーをもらってリフレッシュ。

しかし旅行以外の時間は空白だった。

お金も減っていった。

もう1回仕事をしようと思った。

 

再就職

メーカーで財務・資金繰り担当。

中途入社社員が多く、新しい社風でやりやすい。

きんゆう女子も続けている。

ゆくゆくは結婚も視野に入れていきたい。

 

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誰かの人生を知ることは、自分の人生を広げること。

共感し、自分の疑問を見つけ、問いを見つけ、生きる意義を見出すチャンスになる。

よもぎ美人の人生が、あなたの勇気になることを願っています。

 

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